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探索10日目 2007-07-15
「ああ、やっぱり此所に居たか。これから、花火を見に行かないか? ……二人で。」

エニシダさんが軽い調子で片手を上げ、私に言った。
宵闇の迫る夕刻、ここは船が停泊している港。
エゼ君を始めとする、浴衣やその他夏の装束を着た面々が、こちらをギョッとした顔で見ている。
和気藹々としたお喋りから一転して、場は水を打ったように静まりかえっていた。
打ち寄せる波の音がやけに大きく聞こえた。
かくいう私の表情も、おそらく強張り固まっていたことだろう。あまりの事態に。



状況を整理しよう。


遺跡外に出た我々は、いつものように本拠地に戻り思い思いの行動を取ることになった。
こんなときにも夏祭りがあるようで、冒険者には刹那的な享楽を求める者が多いことを再認識させられる。エゼ君などはその祭りに大いに乗り気のようで、同行者を募って練り歩こう、などという始末だった。

彼は色々な意味で若く健全な少年だ。風紀的にも対面的にも、何か間違いが起こっては困るので、私は少し離れた場所から同行することになった。無論色気のある格好などは不要と判断、戦闘服を着込んで。
そんな最中、夕暮れの港に小型の帆船が横付けされ、甲板の上からエニシダさんが声をかけてきたのだ。


船長服を着た姿で。


似合わないとは言わない。むしろ似合っていた。似合いすぎて怖いくらいだった。
パイプの一つでも咥えていれば、絵に描いたようなそれだ。
後で聞いたところ、知り合いの船長の代行をしていたからというのが分かったが、寧ろこちらが本職なのではないかと思う程だ。

どうしようかと迷ったのだが、エゼ君のやけに強い推奨により花火を見に行くことになった。余程私に監視されたくないらしい。

……正直を言うと二人で花火を見に行くという状況に強く惹かれたからでもある。近頃になってますます己の立ち位置を噛みしめる反面、エニシダさんとの距離感に苦しくなることも多くなってきていた。

今だに敬意なのか色恋なのか、別の何か未知のものなのか、単に傷を舐め合っているだけなのかも分からない、混沌とした感情。
だが、少しぐらい。それらを表面に決して出さなければ、些末なこと。夢ぐらい見ても、許されるのではないだろうか―――。





「……流石にこれは予想外でした。あの…… 見苦しくはないでしょうか……?」

単に花火を船上から眺めようという、それだけだと思っていたのは甘かったようだ。戦闘服姿の私を余りにも無骨と感じたのか、エニシダさんは船室に着替えを用意してくれていた。
……サイズがぴったりだったのはもはや問うまい。医療行為上、数度に渡って肌を晒してしまったことがあるからだ。とはいえこの服は……!

「いや、良く似合っている。見苦しいような服を用意はしないし、見苦しい相手をわざわざ誘いなどしないぞ、俺は。」

半ば開き直って夜の甲板へと出た私に、エニシダさんは笑みながら言った。私はというと、中々顔を上げられない。氏が用意してくれたのは、膝丈の白いサマードレスだったのだ。
sv_night01.jpg

こんな格好は潜入任務時の変装くらいにしかしたことがない。特筆すべきはそのデザインで、極力胸元が開いていない―――胸の大きな傷痕が見えない形状だった。
しかし腕は大きく露出してしまっているため、そこに付いている傷痕は隠しようがない。船員に見られてしまうのではと危惧したが、船長代理の報酬で夜間は船を借りていると聞かされた。

ようやくそこまで状況を把握してから、ふいに理解した。
一種隔絶された船上という場所、私達二人以外は誰もいない貸し切り状態、このデザインのサマードレス。―――なるべく傷を見られないよう、私を気遣ってくれている。
胸がいっぱいになった。気遣いと、女性として見てくれるその気持ちに。……後者はやや自意識過剰かもしれないが、きっと今宵だけでこの夢は終わる。真夏の夜の夢。




花火が派手な音を立てて上がり始めた。たちまち空に色とりどりの花が咲き、消えていく。岸辺でどこかの有志が音楽を奏でているのが聞こえた。祭りらしい、陽気な曲を。
エニシダさんが、私の手と腰を取っていた。流石に狼狽しつつも、思わず手を握り返してしまう。見上げれば、下手をすると息がかかるほどの至近距離。

「こんな、ここまでして頂いて。何かお礼が出来れば良いのですが……。」

流石にもう照れを隠すための言葉だと露呈しているだろう、自覚はある。
困惑する私とぎこちないダンスの足運びを面白そうに見ながら、エニシダさんはシンプルな要求を出してきた。

「そうだな……。では、笑ってくれ。俺に、笑顔を見せてくれ。」

私にとって比較的難しいはずのそれは、何故か今日に限ってはごく自然に出来た気がした。




夜空に咲き乱れる花は砲音と共に、甲板と私達を華やかな色に染め上げた。
仄暗い場所で生きる私達にとって、害になるのではという錯覚すら起こしそうな、華々しい夜の、ひかり。

ただ……エニシダさんにはこれ以上、薄汚く薄暗い『こちら側』には、来て欲しくはない。
元来は『向こう側』で穏やかに暮らすひとなのだ、きっと。
幸せになって欲しいと心から思うが、おそらくその幸せな未来図の中には、私の姿は存在しない。だがそれでいい。それでいいのだ―――

私の思惑を察したかのように、夜空の花はひとつ、またひとつと減っていった。打ち上げの終了時間が近いのだろう。どちらからともなく足を止め、減っていく花火を見上げていた。
真夏の夜の夢はこれで終わる。明日からはまた奇怪な遺跡に潜り、血生臭い戦いに明け暮れる。
もう少しだけ夢を見ていたかったが、見る側から操作できないのがそれなのだ。

身体を離そうと、エニシダさんの胸に手を当てながら顔を見上げた。
けれど、氏が私の腰に回した手を離そうとする気配はない。

……。
…………。
流石に意図が分からないほど、私は鈍くない。
大きな掌が髪に触れた。
赤く朧な瞳が、微かに優しく笑んでいる。





最後に一際大きな、白い花火が上がった。
sv_night03_00.jpg







「……少し冷えてきたな。」

海上を渡る風に眼を細めながら、エニシダさんが呟いた。
海岸の灯りも、徐々に数を減らしていく。祭りから帰った人が多いのだろう。
流石にこの時間となると、夏でも涼しい。ましてや海上では。
両腕が露出しているこの服だと、やはり少し寒い。知らず私は寄り添っていたようだ。

「フォウト。今夜はお前を傭兵でもなく、仲間としてでもなく……ただ、一人の女性として扱っても、良いか?」

肩を大きな掌で包まれ、囁くように問われる。
下手をすれば波音で聞こえないような、小さな声で。
鼓動が一段階跳ね上がったが、すぐに胸の内に暖かい平穏が訪れた。
未だにこの方に対しての感情を掴めていないはずだったのに、勝手に口から答えが滑り出る。

「―――……はい。」

一言だけで返したが、充分だろう。まだ少し、夢は続きそうだ。
海岸の灯りは、もう殆ど残っていなかった。

「ああ、そうだ―――。フォウト。」

「は、何か……?」

「これは夢ではない、とだけ言っておこうか」

……。
―――見透かされていた。かなわない。本当にこの方は……










エニシダさんは温かく逞しく、そして優しかった。
名をたくさん呼んで貰えた気がする。

本当に夢ではなかったのかと頬をつねって確かめたい気分のまま、拠点の修道院跡に私は一人、帰ってきた。早朝の日射しが目に厳しい。
氏は色々な手続きや買い物があるそうで、私が先に帰ることになった。流石にその、二人揃って帰ってくるのは気まずい。

今日からまた遺跡に潜る。おそらく出発は昼過ぎか夕刻だろう。それまでに気分を切り替えないといけない。浮ついた心では、刃は鈍るばかりだ。

幸いこの手の切り替えには慣れている。少し落ち着けば、また日常が戻ってくる。氏とのことはもう、成り行きに任せよう。
憑き物が落ちた、というのはこのことだろうか。余分な思考を切り落とした私は、門をくぐって中庭を通り、母屋の扉に手を―――













扉にはまた、矢文が、刺さっていた。




一気に別の意識が覚醒した。
平穏は粉微塵に砕け散り、内なる刃が研ぎ澄まされる。
今度は細心の注意を払って、扉からそれを抜いた。幸い誰も起きだしていないようだ。
念のために周囲を見渡すが、やはりそれらしき人影はなかった。
注意深く文を広げる。

羊皮紙の切れ端に書いてあるのは、やはり気味の悪いほどに整った文字だった。
丘陵地帯を渡る朝の風が、私の髪を踊らせる。ざわ、と周囲の木々も揺れる。





しずかな島の 静かな月夜

早く寝ないとやってくる

”サイレント”が やってくる

機甲人馬の腱を切り 永久に走らせないために

”サイレント”が しのびよる





ああ。
やはり。
昨晩は夢を見ていたのか―――

何故かその文面を見ても、動揺はあまりなかった。寧ろ何処かで夢の終わりを予想していたのかもしれない。
天から射す陽光はじりじりと、戸口に立ちつくす私を灼き始めた。 


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