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探索65日目 2008-12-17
声が擦れるほどに仰天した。
草に足を取られそうになった。
冬場の凍り付くような大気を肺に入れても尚、動揺は収まらなかった。
島にいるはずのない、もしかするとこの世に居ないかもしれない人物が、眼前に居るのだ。


飄と無造作に立ち、焦げ茶色の髪を冷たい風に晒して。
冬のぼやけた、殆ど曇天に隠れた太陽が、それでもそうとわかる巨躯を浮かび上がらせ。
抜かれることのないクレイモアは、やはり今ここに於いてもその気配はない。
つい先程、忘れ物をしたかのような立ち振る舞いだった。


「へっ、らしくねえな、フォウト。」


狼狽する私に耐えきれなかったのか、男はニヤリと笑った。
豪放な、どこか子供のような笑み。



―――右目にかかる、特徴的な黒革の眼帯。



「……確かに、らしくありませんでしたね。どうしました、私に未練でも?」


ようやく呼吸が整う。神経を水面のように鎮める。
何が起きても不思議ではない島だ。悪霊か、幻影か、本人か。
いずれにせよ、動揺は不益だ。

男には野太い笑みが浮かんだままであった。


「違いねえ。お前が恋しくなったんだよ。それにな……」


冬の陽光に鍔口が、ほんのりと鈍く光った。僅か鉄の臭いがするようだった。
彼の短剣が二丁引き抜かれる。
笑みの亀裂が深くなる。


「お前のコールサインがまだ、生きているか…… 俺の知るコールサイン”サイレント”を確かめに来たくなってな!」


なつっこい笑みは、すぐに獰猛なそれと化した。
遺跡外の演習場は、瞬時に戦場へと変化を遂げた。
否応もない、それは傭兵時代も今も変わらない。私は大きく後方へと飛びずさり、距離を取った。
枯れた草が冬の大気に散った。


2nd_51.jpg



着地と同時に、大腿部のホルダーから投擲ナイフを数本引き抜き、一気に放つ。
牽制と小手調べ、確認のためだ。
だが、彼の左の瞳孔がカッと見開いた。巧みに数本を弾き、打ち上げ、最後の一本は無造作に退いてかわす。
無遠慮に口笛が鳴った。
明らかに彼は、戦いを楽しんでいた。

彼の動きは、それほど速度があるわけではない。スピードだけならば私に分がある。
だが、幾ら早くとも、攻撃のポイントを見切られていてはどうしようもないのだ。
打ち上げられた投擲用ナイフが、次々と草原に突き刺さった。


「やはり”サイレント”の名、存じておられましたか」

「まあ、な。いつ戦場で敵同士に割り振られるか、心待ちにしているほどさ。」


全て合点が行く答えだった。
やはり彼もこちら側の人間だったのだ。
鴉の頭領のように、この名を知る者が居ても不思議はなかった。

猛然と男が草地を蹴った。枯れ草が散る中、柄を握り締めたままの拳が鳩尾を捉えんと唸りを上げる。
だが、ただ殴られるわけにはいかない。
大気を震わせて迫る拳に、ほぽ身体が勝手に反応した。
半身を捻り、捻った勢いを即座に攻撃へと転化する。格闘術の身のこなしと短剣術を併せた体術だ。
ちり、とハーネスに火花が散ったような感触まで残されたが、構わずに男の脇腹へと短剣の背を叩き込んだ。
巨躯が大きくよろめいた。
だが、御するには私の腕力は些か不足であり、男の脚力はそれを上回っていた。


「『今の』貴方の戦場に赴くには、私は少々早いようです。まだ、やることがあります故に……!」


「確かにな、お前が来るには早すぎる場所だ。それとも名を捨て、人としての幸せを享受するか。
―――まあ、それでも俺は、構いやしねえけどな!」


距離を取ろうとしたが、彼の動作の出だしの方が速い。兜であれば片手で上から持ち上げられそうな掌が伸び、腕を取られた。

体格と腕力では、到底勝負にならない。しまったと思った瞬間、私は草原に投げ飛ばされ、叩き付けられていた。
かろうじて受け身は取れたが、背がずきりと痛む。骨が折れた形跡はないが、それでも走る激痛に唇を噛みしめた。


「サ、イレントが、人並みの幸せを享受できるとお思いで……。武器に、ヒトゴロシの道具に、人並みの幸福など―――!」


「だが、先はある。」


「無論! まだ、私の限界は、まだですから。先がありますからね……!」


言うなり、隠し持っていたナイフを再び放つ。だがそれは囮、本命は放ったと同時に地を蹴る、私のこの短剣だ。
男の左腕の袖と肉が血飛沫をあげる。確かな手応えを感じたが、命中の余韻に浸っている余裕はない。
即座に獰猛な牙のような、男の一刀が迫ってきているのだ。

そのまま零距離で何合か削り合い、凌ぎ合い、火花が、金属の悲鳴が響き渡った。
私とて無傷ではない。相変わらず性別や体躯、年齢で図る男ではない。
目眩が酷い。
耳鳴りがする。
思考が飛んでいく。
温かい血飛沫が、刃に絡み付く。彼のものか、私のものなのかも分からない。

裂けた腕の革ベルトをそのままに、血潮を刃に纏わせる。呪われた一族の、激痛を伴う刃。
私は死角となる真下から、弾かれたように飛び、斬りかかった。


「がああ……ッ!!!
……ッ、目の前で流れた何千ガロンもの血を、自分一人の死で今さら償えるはずもねえ。
だったら、幸せになってもいいんじゃないか。その、限界とやらを知る為にもな。」


胸部を浅く切られても尚、獣の咆吼を上げても尚、男は不敵だった。
呪われた血の斬撃を受け、激痛が走り、レザージャケットは裂け、血潮が滴っているというのに、実にたまらないといった笑みを浮かべていた。

避けないのは私を引きつけるためだったのか、息も荒いまま、男は腰元の投剣を引き抜いた。
翻された手首から鈍い煌めきが走る。
一瞬の虚を突かれ、短剣諸共に腕の血肉が一部弾き飛ばされた。鮮血が大気に舞い、鉄の臭いを撒き散らす。 


「……私は、償いをしようとも、許しを請おうなどとも思っておりません。出来るのは、怨嗟や呪いを、この身に受けるだけ……!」


「並の人間にゃ出来ない事だな。
所詮、大地は屍をならして作られた絵だ。そこに立って戦うだけで、償いも怨嗟もあるものかよ。
あるのは生きるか死ぬか、だけだ!」


「―――然り、御尤も……です。」


使い物にならなくなった右腕はそのまま、私は左に持ったもう片方の短剣を口で咥えた。

空になった左手で、落ちた短剣を拾い上げざまに足下をくぐり抜け、抜けた先の瓦礫を蹴る。
勢いを反転させ、今度は背後から大きく男の肩口に斬りかかった。

だが男は、回避せず受け入れる。白銀色の鋭い軌跡の中に散る、紅い飛沫。
肉を切る感触、革が裂ける音。
ああ、やはり御し切れていない―――!


「だが―――」


重力に退かれて草原に落ちる私の首筋に、ごく至近距離より、柄を握った拳が叩き付けられた。


「その魂だけは穢すなよ!」


衝撃に、枯れた草原の葉が舞った。視界が白く染まる。
この男には勝てない、と思った。
技術面ではいざしらず、魂の強さでは追いつかない。

飛びかけた意識の中で、何と返答したかは定かではない。
死に行く戦友に未練などない。
我々はただの傭兵だ。
彼は先に砕け、舞台を降りた。
それだけのはずだ。

だがしかし、巨躯の男は降りた先から、ほんの少しだけ戻ってきていた。
何故来たのかはわからない。
否、分かってはいるが、言葉に出せるほど、大仰なものではないのだ。

冬枯れの風に巻き上がる塵が、男の姿を濁らせる。
私は瓦礫に寄りかかったまま、朦朧とした意識で消え行く姿を眺めていた。






そう。
―――それは、とても奇妙な、とても歪な、とてもちっぽけな、友情だった。


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